記事一覧

松山ネタ「小政寿司」

生まれ育った松山にはお気に入りの店がある。二番町には、ソレが多い。今夜は、瀬戸内の美味を堪能できる寿司屋を紹介しよう。松山商業から大街道に向かって進む、 右手にそこはある。斜め左手は喫茶マリモがある。子供の時、小政に行くと、カウンターから水が出る装置があり、子供心にオモシロイと思ったものだ。2年帰っていないから今あるかどうか、確信はない(笑)ここでは、瀬戸内の美味が堪能できる。なに、お財布には優し...

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追悼 浅川マキ

今夜は、何故か疲れた。パイプを取り出し、キャプテン・ブラックを詰め込む。ゆらゆらと、パイプをくゆらせ、ユーチューブで、過ぎていった「浅川マキ」を偲ぶマキさんと、出会ったのは、私が18歳、マキさんが26歳の頃渋谷の山手教会の地下にあったライブハウス ジャンジャン。真っ黒なワンピースにブーツ、彼女は終生そのスタイルを貫いた。 私には1969年のすごい出来事だったマキさんの初期は大好きだが、1987年の「こぼれる黄...

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うしろすがたのしぐれてゆくか-乞食の作法

種田山頭火は、松山市の北にある御幸寺山(私たちはみきじさんと呼んでいた)に庵を結び、そこで漂泊の生涯を閉じた。一草庵という、山の中腹にあった庵だ。私はその御幸寺山から、ほど近い東雲小学校、御幸中学に学んだ。だから、中学の時から山頭火が気になっていた。もちろん、山頭火は死んでいたから、面識はない。けれど、庵は鮮明に記憶に残っている。うしろすがたのしぐれてゆくかという句は、1931年(昭和6年)に九州は八...

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1969からとおく

あれから、随分と時間がたった。あの、祖国に対する熱気、世界に対する熱気、は何処に行ったのだろう?ブントで人生を棒に振った人もいるブンント 共産主義者同盟全共闘世代を代表する歌人道浦母都子氏はその頃のことを神田川流れ流れていまはもうカルチェラタンを恋うこともなき(『無援の抒情』)催涙ガス避けんと秘かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり(『無援の抒情』)全存在として抱かれいたるあかときのわれを天上の花...

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プロフィール

無端庵有限齋晟輝

Author:無端庵有限齋晟輝
全日本居合道連盟
 【基道館】
無端塾・浮雲會・月影会・卍堂・瑞月会の宗師範 

基道館

無双直伝英信流居合道 無想月下無端流剣体術 卍一刀流試刀術 それら伝承の古流を「真剣道」と呼称し居合維新を標榜する

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