記事一覧

DARKNESS

ごそごそと探し物をしていたら、DARKNESSのパンフが出てきた。

-1995-暮れとあった

IMG_9391(1).jpg



マキさんを聞きながら、8月の一日は過ぎてゆく

IMG_9401.jpg
IMG_9398.jpg
IMG_9393.jpg

1969年 渋谷 27歳のマキさんがいた。
そう思うと、涙が止まらない。
過ぎていった人たち、過ぎていった事柄・・・・

アメーバーで個人的な記事を書いていたのだが、そのころの回想があった

転載しておきます


右翼しょうねんの作り方①
2012-06-02 22:32:45
テーマ:右翼しょうねんの作り方
ML主義者(マルクス・レーニンあるいは毛・林とも)の少年は毎夜北京放送を聞いていた。

文化大革命が相当数の犠牲(一億人とも)を強いているのを感じながら、アメリカ帝国のアジア覇権の象徴.ベトナム戦争に反対というだけで「アカ」になるつもりだった。

しかし、転機というものは必ず来るモンじゃ。

香港に流れてくる、針金で後ろ手に縛られた犠牲者の写真を見ると、嘔吐を感じた。

「なんじゃこれ?・人殺し?・・・・・・」

無理もない、情報が少ない。

商業高校の3年生は就職がアタリマエの時代、夏休みとて部活が休みなら遊び呆ける。受験勉強は関係ない。

その夏休み映画を観た 日活・裕次郎「昭和のいのち」2.26事件を扱ったものだった。

それが、ガツンとキタ。裕次郎の「ウヨク」がかっこいい。
 ヤクザに襲われてもマキでバンバンやっつける・・・・「これじゃ~」と少年は膝を打った!

「ウヨク」という知識がない少年はそれでも、その日きっぱりとMLをやめた(笑)

なけなしのカネをはたき、書店で国士舘、駒澤、國學院の受験参考書を買った。

ナニ、意味などない。東京世田谷に住んでみたいという単純な考え。おそらくあこがれだろう。

偏差値など関係ない選択だった。あはは。(当時偏差値という概念はない)


帰宅した彼は、貧乏な母子家庭の母にいう。

「かあちゃん、ぼく東京の大学にいきたいいんジャが、イカンやろか?」

母は食事の手を止め,居ずまいを正す。にっこり笑って。

「ええよ、東京には行かして上げるけん、あんたは勉強したらええ」

母子家庭の「母」の大きな決断だったろう。


少年は寝る間を惜しんで勉強した。5ヶ月という時間しかない。

その甲斐あってか、天の助けか、国士舘,駒澤に合格した。

商業の勉強はおよそ受験と関係ない、まぐれだろう。

もしくは、少年を買っていた担任のすばらしくAだらけの内申のおかげかもしれない。(少年は担任の生徒会長にという推挙を断ったのは申し訳ないと思った)

 少年はトランクひとつを持ってブルートレイン「瀬戸号」で東京へ向う。見送る母はずいぶんと手を振った。

少年は寝台で考える

「後には戻れない・・・やるしかない」

大した決心でもないが、まあそんなもんだろう。


1969年4月1日 9:30 東京品川駅


そこには、70年安保を控えた、騒然としたメガロポリスが待っていた。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

大城戸豊一基輝(無端庵晟輝)

Author:大城戸豊一基輝(無端庵晟輝)
全日本居合道連盟
 【基道館】
無端塾・浮雲會・月影会・卍堂・瑞月会・萬重関塾などの宗師範 

基道館

無双直伝英信流居合道 無想月下無端流剣体術 卍一刀流試刀術 それら伝承の古流を「真剣道」と呼称し居合維新を標榜する

最新記事一覧(サムネイル画像付き)

中川式毒出しツボ療法 Oct 17, 2017
B層庶民というのは恥ずかしい Oct 16, 2017
手首の格 「岸和田市天神山居合道(真剣道)稽古会」 Oct 15, 2017
萬重関塾長からの手紙 Oct 14, 2017
ん猫はガンラナ内 Oct 13, 2017

写真集

Gallery

日本ブログ村

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
心と身体
464位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
メンタルヘルス
72位
アクセスランキングを見る>>